詩情の中で
なにしろ渓流釣り、いや自然が大好きな人間にはたまらない内容である。 よく自分が感動した文に出会うとしばらく空をみつめ、本のなかの世界に思いを馳せるが、まさにこの本はそのような内容なのだ。 まるで自分が本流にいて竿を振っているかのような現実感。この手の本は自己陶酔的な内容が多いのが常だが、この作品は読み手を幸せに、そして恍惚にさせる詩情が随所に漂っている。イワナの居場所は人々の記憶のなかの昔のなかにあるという「イワナの夏」という稿を読めば、もう本を読み進めることを止めるなどできない。 そして私は夢でもいいから川に立つのだ。
小説
1987年に朔風社から出たものの文庫化。 「北の釣り」などに発表された11篇のエッセーをまとめたもの。 釣行記としてはかなりのレベル。すっきりした語り口と幻想性。読みやすさでは問題なし。渓流に住む物乞いや夜のダムの釣りなど、素材そのものの面白さでも申し分ない。物語としての構成もしっかりとしていて、起承転結がはっきりしている。ただ、小説のような読み心地が不自然に感じられた。なんというか、つくりこみすぎている感じがあるのだ。うまく出来すぎている。著者は編集の仕事をしているそうだから、ついつい手を入れてしまったのか、あるいはまったくの創作なのか。そんなふうに疑いたくなる。かといって、小説として読んでしまうには物足りない。 ちょっと位置づけの難しい一冊であった。
国産ニックアダムス釣り文学
ただの毛鉤釣り紀行文とか釣りの読み物的なレベルで終わる作品ではないです。釣りテーマ純文学として古典になるかも。冒頭の短編を一読後すぐにあれっ?と感じて、最終章「約束の川」を読み終って、ヘミングウェイのニックアダムズの釣りシリーズとの下記のような相関性に気付きました。 1. ヴィジュアルな(映画を見ているような)イメージを投影する 2. 段取りや道具について具体的詳細を徹底的に記述する 3. 会話が極端に短いのに、(例えば、「仕方ねえだよ。」のひと言で)どんぴしゃりと全てを表現 4. 主人公の内観にいつの間にか感情移入して100%納得して共感してしまう。 5. 胸が痛むほど懐かしくて切ない。子供時代への郷愁に似た物であって、ヘミングウェイのように病的で重苦しくないのも救い。 著者の湯川氏は小説家というよりは植村直巳のサポーターとかジャーナリスト的な経歴の方のようですが、この作品に関しては並外れたストーリーテラーぶりを発揮しています。 少しでも釣りをしたことのある人ならば、「約束の川」のデジャビュ感覚を味わうことができるでしょう。釣りをまだ知らないけど理解したい人には、「夜のイワナ」は釣師の驚くべき生態と釣りバカの底抜けのバカさ加減を理解するヒントとなると思います。 こんなに素敵な国産釣り文学短編集ならもっと沢山読みたい!
筑摩書房
夜明けの森、夕暮れの谷 岩魚幻談 山を上るイワナ 地図にない川へ (渓流ライブラリー) 山の夜を見よ (渓流ライブラリー)
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